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チモシーグラス

Author:チモシーグラス
がんを経験してみて、改めて生きるすばらしさに目覚めました。

大好きな馬のこと、愛猫のこと、草花のこと、健気に生きるさまざまな命の輝きを、四季折々に綴ります。


なお、当ブログ『チモシーファーム』の画像と文章の無断転用を、固く禁じます。


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エリモダンディー17歳

erimo_dandy971102-101.jpg
エリモダンディーは三冠全てに出走、小さな身体でがんばった。
※写真は、『菊花賞』出走時・・・1997年11月2日、京都競馬場にて。

★エリモダンディー
1994年5月11日、えりも生まれ。牡。黒鹿毛。
父ブライアンズタイム、母エリモフローレンス<イルドブルボン>)




今日2月8日は、1998年に4歳で亡くなったエリモダンディーの命日。
お線香をあげ手を合わせ、(天国で元気にやってるかい)と声をかける。

デビュー戦は396キロ、その後も410キロ前後を推移していた小さな馬。
同厩舎の偉大な先輩、ナリタブライアンと同じブライアンズタイムを父に持ち、
雰囲気が良く似ていたせいか、小さなナリタブライアン=「小ブー<(こぶー)」と
呼ばれていたそうな。

全身バネのような身体で、後方からグイグイ押し上げて自分より大きな馬たちを
なぎ倒した。

健在なら、今年17歳。
ダービーを一緒に走ったメジロブライト、サイレンススズカも逝ってしまったが、
サニーブライアン、シルクジャスティスは静かに余生を送っている。
17歳になったダンディーの姿は想像できないが、きっと、若いときと
そんなに変わらないような気がする。
特にやんちゃな目つきは・・・。

これからも毎年、ダンディーは心の中で歳を重ねるだろう。
20歳になっても、30歳になっても・・・。












日経新春杯

erimodandy950205-501.jpg
(明け1歳のエリモダンディー<右の馬>・・・1995年2月5日、北海道・えりもにて)





明日は日経新春杯。
やっと、ここ数年はぎくっとしなくなったが、このレース名はしばらくの間
私にとって悲しみの代名詞だった。

1998年1月25日、日経新春杯。
京阪杯を勝ち、京都金杯も2着に頑張ったエリモダンディーが出走してきた。
武豊騎手のみごとな手綱さばきで、先頭ゴールインを果たした!と
喜んだのも束の間、突然、武騎手が下馬してしまった。
ダンディーは骨折していた。

が、一命はとりとめたと安心していたのに、療養まもない2月8日、
ダンディーは逝ってしまった。たった4歳で・・・。
仔馬のときに出会って応援し続けていた馬が、こんな形で亡くなってしまうなんて・・・
競走馬の宿命と頭で分かってはいても、気持ちがついていかなかった。

あのとき以来、日経新春杯だけは馬券を買えなくなってしまったが、そろそろ
買ってもいいかな?ダンディー!



エリモダンディー

今年もエリモダンディーの命日が巡ってきた。
毎年、立春が過ぎ春をちょっぴり感じ始めた頃に巡ってくる悲しみ・・・。
この日だけは時が止まり、1998年2月8日に巻き戻される。

エリモジョージを訪ねたえりもで出会ったバンビのようなダンディー。
小さな体で、クラシック三冠全てに出走しがんばった。
京成杯を勝ち日経新春杯も先頭ゴールインを果たし、古馬になってからも楽しみと思った
瞬間、武騎手が下馬。骨折していた。
それからまもなくダンディーは亡くなってしまった。

生きていれば15歳、か。
亡くなった子の歳を数えるというけれど、私もいつまでも指を折ってしまう。
健在なら、きっと今も愛くるしい目を輝かせていたに違いない。

ダンディーの故郷E農場の名前も今はなく寂しいが、エリモシックやエリモエクセル、
そしてエリモセントラルの子を出馬表に見つけては懐かしくなる。
ダンディーのお墓は美しい御影石の小さなつくり。
エリモジョージのお墓と並んでいるはずだから、今も、ジョージおじさんのそばで
寂しくなく眠っていることだろう。

ジョージが逝った後は一度訪ねたきりで、すっかり足が遠のいているが
今年こそ、久しぶりにえりもを訪ねてみようか・・・。
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