地震被災馬に救援を!

★被災馬たちのために義援金を!★ 相馬の被災馬たちを救うために奔走している 「NPO法人 馬とあゆむSOMA」では、 馬たちの飼い葉代や治療費などに役立てるために 義援金を募っています。 馬を愛する皆様のお気持ちをぜひお届けください!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ●<義援金振込先> ゆうちょ・・・・ ●<記号> 18250・・・・・・・・・・・ ●<番号> 32028071・・・・・・・・ ●<名称> 特定非営利活動法人馬とあゆむSOMA                   

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チモシーグラス

Author:チモシーグラス
ふとしたことで「競馬」と出会い、その主役、馬に魅せられて気がつけばウン十年?!

カメラ抱えて、牧場へ、競馬場へ、乗馬クラブへ・・・さまざまな場で健気に生きる馬たちを夢中で撮り続けてきました。

馬との出会いは、一期一会・・・そんな気持ちを一枚の写真に込めて、馬たちの命の輝きをお伝えできれば幸いです。

なお、当ブログ『チモシーファーム』の画像と文章の無断転用を、固く禁じます。


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シンボリクリヨン命日

symboli_crillon031004-20.jpg
(今も佐原の空から、フォスターホースたちを見守ってくれているんだよね、クリヨン!
・・・2003年10月4日、千葉・佐原にて)




今日は、『イグレット軽種馬フォスターペアレントの会』のフォスターホースで
マイ里子でもあったシンボリクリヨンの命日。
2008年11月28日に、12歳で天国に逝ってしまったクリヨン。
あれから2年、短かったような長かったような時の流れ。

クリヨンと過ごせた時間は少なかったが、クリヨンとふれあうことで
さらに馬が愛おしく大切な存在になっていった。
今でも、クリヨンの温もりが鮮やかに蘇る。

クリヨンはあれからずっと、佐原の空からフォスターホースの仲間たちを
見守ってくれているのだろう。
どうかこれからも、みんなが元気で過ごせるようよろしくね!






クリヨンの命日に

symboli_crillion080522-3.jpg
(元気いっぱいだったシンボリクリヨン・・・
2008年5月22日、千葉・佐原にて)





一年前の今日、2008年11月28日。
シンボリクリヨンが12歳の命を閉じた日。

今日も府中へ行く予定だった。
応援したい馬がたくさん出ていた。
なのに、昨日から身も心もずんと重く沈んで、とてもそんな気になれない。
なぜなんだろう。
もちろん、クリヨンの命日であることは分かっていたが。

晴れない気持ちのまま、終日、ひたすら庭の草むしりに費やした。
しっとりと濡れた土から、一本ずつ草を引き抜く。
頭の中には、クリヨンの美しい瞳が浮かんでは消える。

夜。
なんだか、頭がすっきりしてきた。
時計を見ると、7時30分過ぎ。
あぁ、昨年の今頃、FPの会北海道分室のKさんからの訃報が届いた時刻だ。
この時間を境に、身も心もすっきりした。

同じような体験は、エリモダンディーが逝った1998年2月8日にもあった。
訳が分からないもやもやな状況。
翌日になって、ダンディーが天国へ逝ったことを知った。
日経新春杯で骨折して闘病中だったダンディーが、命の灯を消した日・・・。

理屈ではとても説明できない現象。
魂が、私の魂に働きかけてきたとしか思えない現象。

クリヨン、天国の住み心地はいかが?
きっと、たくさんの仲間に囲まれて幸せな時間を過ごしているんだろうね。
早すぎた死はいまだに悲しいけれど、でも、君の存在は後に続く引退競走馬たちの
りっぱなお手本になっているよ。

だから、こころおきなく天国で駆け回ってね!
ありがとう、シンボリクリヨン!










追悼写真

今日、シンボリクリヨン追悼アルバムを作るために提供していた写真が
FPの会から戻ってきた。
茶封筒を切って中を開ける。

クリヨンの澄んだ目が飛び込んできた。
封印していた悲しみが一気に蘇ってきて、涙があふれて止まらない。
やっぱり、いまだにクリヨンがもうこの世にいないなんて信じられない。

でも、天国へ行ってしまったのは紛れもない現実。
分かっている、いやというほど分かっているけれど・・・。

アルバム

yasuragi.jpg
(安らぎ・・・2003年10月14日、千葉・佐原にて)


シンボリクリヨンが亡くなってから三ヶ月。
クリヨンを偲ぶアルバムを作るので写真を提供してほしい、とFPの会から連絡。

もちろんクリヨンのためなら、フォスターホースのためなら、喜んで提供するつもりでいたが、
まさか、こんな形になろうとは思いもしなかった。
無念を噛み締めながら、プリントした写真を探す。

イケメンだったクリヨンの姿が次々に現れた。
その中で、牧柵に顔をこすりつけて気持ち良さそうにしているクリヨンの写真が出てきた。
何の警戒もなく、全くの素顔だ。
それを見た途端、こみあげてきてしまった。

クリヨンが、もう後がないという寸前でFPの会のフォスターホースに決まり、
佐原に来たのは2003年夏。
その写真はその年の秋だった。

安住の地にたどり着き、心からやすらいだような表情で無心に牧柵に顔をこすりつけている
クリヨン。
この幸せがずっと続くはずだったのに・・・。

フォスターペアレント

イグレット軽種馬フォスターペアレントの会から封書が届いた。
「シンボリクリヨン安楽死の経緯のご報告と今後の対応とお願い」。

2枚の便箋から、クリヨンを失った辛さと会として手続きをしなければならない辛さに
板ばさみになっているN代表やスタッフの方たちの思いがひしひしと伝わってくる。
クリヨンの死は私たち会員以上に、日夜接していたN代表たちには断腸の思いだろう。
それを圧して発信しなくてはならない辛さが分かるだけに、薄い便箋が重たい。

クリヨン亡き今、今後の選択をしてほしいとある。
ほかのフォスターホースのペアレントになる、どの馬でもよい、フォスターホース
保留のまま会員を継続する、一般会員に移行する、などなど。

到底クリヨンが亡くなったからすぐ別の馬に、という気分にはなれない。
「保留」に丸をつけて返信しようと思っている。
個々の馬のフォスターペアレントになることは、大きな喜びと共に大きな悲しみも
味わうことになった。

それでも悲しみを乗り越えた先に、またひとつ引退競走馬たちのためにできることが
見えてくるに違いない。
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