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チモシーグラス

Author:チモシーグラス
がんを経験してみて、改めて生きるすばらしさに目覚めました。

大好きな馬のこと、愛猫のこと、草花のこと、健気に生きるさまざまな命の輝きを、四季折々に綴ります。


なお、当ブログ『チモシーファーム』の画像と文章の無断転用を、固く禁じます。


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八戸と馬

いよいよ青森出発の朝。
朝日がまぶしくて、今日の晴天を約束してくれているようだ。

東北新幹線はやてで約3時間。八戸駅は最新設備のピカピカの駅だった。
まずは競走馬のふるさと案内所へ行き、お目当ての牧場について
連絡先を教えていただく。
案内所を辞して早速1軒目の牧場へ電話を入れたが、お昼前なのかつながらない。
電話がつながらなければ見学はできないというので、あきらめるしかない。

気持ちを切り替えて、やはり行ってみたかった八戸市博物館へ。
ふるさと案内所で頂いていたパンフレットに‘東北地域に根ざした馬産の歴史を学ぶ
八戸市博物館’とあった。

そのとおり、館内の展示物をじっくり見て回ると、いかに八戸の歴史と馬の関わりが
深かったかが実感できた。
中でも100頭の馬を描いたという絵巻物は圧巻。
ほんの一部しか広げられていないのが残念だったが、生き生きとした馬たちの姿に
じっと見入ってしまった。
また、「おしらさま」にまつわる娘に恋した馬の悲しい民話には、胸が痛んだ。

八戸に来る前からずっと疑問に思っていた「戸(へ)」の意味も、ここで分かった。
分かったどころか、戸は馬に由来するものと知り大感激!

博物館で手にした資料によれば・・・
‘岩手県北から青森県南にかけて一から九の数字に「戸(へ)」がつく地名が残されており、
それらは、特に馬産を中心とした「牧」を取り込んだ行政単位で、「戸」の中にいくつかの
牧を設け管理したものと思われる。
江戸時代には八戸だけでおおよそ二万頭の馬がいたことがわかる’
というものだった。

一戸、二戸、三戸、四戸、五戸、六戸、七戸、そして八戸。
それぞれにいくつかの牧があり、馬たちが飼われていた。
博物館の展示物がにわかに蘇ってきて、馬たちのいななき、蹄の音まで聞こえてくるようだ。
それにしても二万頭だなんて、昔の人口は分からないけど人の数に比べても
かなりの多さだったのではないだろうか。

一息いれようと休憩ロビーから窓の外に目をやると、川の流れが眼下に広がっている。
スタッフの方に「馬渕(まべち)川」と教えていただく。
なんだか、その頃の馬たちが群れをなして川辺で水を飲む姿がみえてきた。

博物館に隣接して日本100名城にも選ばれているという「根城(ねじょう)」へも
足を伸ばしてみた。
根城は復原された南部氏の居城で、20年近い歳月をかけて公開されたという。
みごとな復原により、当時のお城の様子が一目瞭然。

やはり馬好きが注目したのは、お城の馬たちの厩舎や来客の馬を繋いだ馬屋の建物。
お殿様の愛馬の専用厩舎である上馬屋、お城の馬たちのための下馬屋、そして
来客用の中馬屋。
馬房の中には、当時の馬の骨格に基づいてつくられた馬たちも何頭か繋がれている。
たくましい体躯に大きな頭、これが南部馬の姿か。
思わずつくりものの馬たちの鼻面をなでてみる。

明日はやっぱり寒立馬を訪ねてみよう。
南部馬の血をひく彼らに無性に会いたくなってきた。

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